PNFC養生アドバイザー教本|基礎編+文化編
春は酸味。秋は白いもの。背中から動く。
断片で知っていることが、季節の輪の上に並びます。
「秋は白いものがいい」と、聞いたことはあります。
養生の話は、いつも断片でやってきます。風流レターで読んだ季節の食べもの。講座で聞いた背中から動く話。どこかで見た、箸の持ち方。
ひとつずつは、なるほどと思う。手帳に書き留めたこともある。でも次の季節が来るころには、どれがどの季節の話だったか、もう曖昧になっています。
いちばんもどかしいのは、知っているのに、いまの自分にどう使うかが決められないことです。秋に白いものを食べるとして、なぜ白なのか。自分の身体はいま、秋なのか。
そのたびに、調べます。本を開き、検索し、なるほどと思う。でも次の季節が来ると、また同じところで曖昧になる。
いちばんもどかしいのは、そのくり返しのうちに、知識は増えているのに、身体のことが分かった気がしないことです。いくら集めても、点のままだからです。
この教本の立ち位置
施術30年の現場と、東洋の思想。
その両方から養生を見ます。
現場の技術と理論
施術歴30年以上、いまも月に200名以上の身体に触れています。Moving Stretch を考案し、講習会で指導者に伝えてきた体系がそのまま土台です。
東洋の思想
陰陽五行の見方、二十四節気の暦、食の作法、仏家儒家の行動の型。日本の暮らしが養生をどう積み上げてきたかを、出典つきで辿ります。
身体の実際だけでも、思想だけでも、養生は続きません。
この二つが一冊で重なっているのが、この教本です。
たとえば「根菜は身体を温める」。よく聞く話ですが、ここには出どころの違う二枚の地図が混ざっています。東洋医学の古典は、食材をひとつずつ見ます。大根は涼、生姜は温。一方、近代の日本で生まれた食養の考えは、地中へ伸びる根菜をまとめて「温める側」に置きます。どちらも間違いではない。粗さの違う二枚の地図です。
問題は、その二枚が混ざったまま「養生の知識」として流れてくること。あなたに足りなかったのは知識ではなく、話の出どころを仕分ける物差しでした。
物差しがあれば、同じ話がこう変わります。「大づかみには温まる。ただ大根みたいな例外もあるから、汁物で煮て食べるのがいちばん確実」。どの地図の話かが分かると、自分の食卓でどう使うかまで決まります。
この教本は、その物差しを二つ持っています。ひとつは、季節と身体をつなぐ陰陽五行という東洋の見方。もうひとつは、話ごとに付けた確からしさの印です。史実か、古典か、伝承か、近代に生まれた説か、それとも風流PNFCの現場で組み立てた独自の考えか。
美しい話ほど、出どころを確かめてから受け取る。「伝承」や「俗説」だから価値がないのではありません。なぜその説明が生まれて残ったかにこそ、先人のものの見方が表れます。この印があるだけで、同じ話が「らしい」から「こういう出どころの話だ」に変わります。
教本は、四つの入口から入ります。身体、食、香りと動き、そして暮らしの型。四つは別々に見えて、ひとつの輪です。ただし、輪には順番と、切り替えどきがあります。それは最後に。
確からしさの印
教本では、話ごとにこの印が付いています。
どこまで確かめられている話なのかが分かる。
それだけで、受け取り方が変わります。
四つの入口
身体、食、香りと動き、暮らしの型。この四つで養生を見ます。
一 身体
猫は、肩がこらない
二 食
迷ったら、季節の色
三 香りと動き
眠れない夜の、小さな儀式
四 暮らしの型
箸の三手が、速度を落とす
一
身体
猫は、肩がこらない。
肩こり三年のあなたの足元で、猫が伸びをしています。猫は肩を揉みません。手先でがんばらず、背中から動くからです。四つ這いの赤ちゃんも同じ。教わらなくても、動きは肩甲骨と背中から生まれています。
いま、試せます
肩を前に三回まわす。
次に、後ろに三回。
どちらが楽でしたか。ほとんどの方が「後ろ」と答えます。その一言が出たら、もう説明はいりません。理屈より先に、身体のほうが思い出しています。
鍛えて新しく足すのではなく、もともと備わっていた力を思い出す。教本の第一章は、この「背中から動く」を、人に手渡せる言葉にするところから始まります。
そして身体には、内から外へ整える順番があります。その順番は、意外なことに、食にもそのまま当てはまります。
二
食
迷ったら、季節の色。
「体にいいもの」を探して、売り場で立ち止まったことはありませんか。棚は情報であふれていて、何を選べばいいか分からなくなる。
和食には、昔から五つの色がありました。五色そろえば、それが昔ながらの栄養バランスです。
春
青緑の新もの
夏
色の濃い夏野菜
晩夏
黄橙と天然の甘み
秋
白く潤すもの
冬
黒いものと根と乾物
「五色そろえましょう」と言うと、人は身構えます。だから手渡すときは、こう言います。「足りない色を、ひとつだけ足してください」。
今夜、試せます
今夜のあなたの食卓を思い出してください。無い色は、たいてい黒か白です。乾物をひとつ足す。それだけで献立は変わります。
ただ、食べたものが身体に届くには、巡りが要ります。そこで教本は、香りと動きの話へ進みます。
三
香りと動き
頭は疲れているのに、身体が起きている夜に。
眠れない夜があります。頭は疲れているのに、身体が起きている。そんな夜のための、小さな儀式が教本にあります。香りで脳をゆるめ、季節の臓腑に合わせた動きを、ゆっくり十回。
香りは量ではありません。ひと呼吸ぶんで足ります。そして「十回」という数に、じつは意味はありません。数えているあいだ、呼吸が止まらないようにするための数です。効かせようとした時点で、その動きは効かなくなります。この一言を手渡せるかどうかで、相手の続き方が変わります。
春夏秋冬に晩夏を加えた五つの季節に、それぞれ整えたい臓腑があり、それぞれの香りの置きどころと動きがあります。どこにどう、は教本の中で。ここでは「季節で替える」ということだけ覚えておいてください。
ここまでが基礎編。教本はもう一歩、暮らしの中へ入っていきます。箸の上げ下ろしに、何が宿るか。
四
暮らしの型
形から入ると、心があとから追いつく。
思想の話は苦手、と思われたかもしれません。教本の文化編は、仏教も儒教も「信じるもの」としては扱いません。正しい行動を選ぶために心と身体をどう整えるか、その実践の知恵としてだけ読みます。
たとえば箸。右手で中ほどを取り、左手を添えて受け、右手で持ち替える。礼法に伝わる「三手」です。動作を三つに分けると、急いでいても急げない。型が、速度を落とす装置として働くのです。「ゆっくり食べなさい」と言う代わりに、これを手渡せます。
養生が続かない、という相談がいちばん多い。そのとき教本は、目標を聞きません。「どなたのために、身体を使っていますか」と聞きます。この身体は父母から受け取ったもの。自分のためには怠けられても、預かりものは粗末にしにくい。仕事、家族、教えている生徒。誰かの顔が出てきた方は、たいてい続きます。
明日の朝、試せます
明日の朝いちばんの一膳だけ、右手・左手・右手で箸を取ってみてください。三日もすると、置くときにも自然と三つに分かれてきます。
見えてきたこと
東洋の見方では、季節はめぐって、たがいを育てます。春が夏を生み、夏が晩夏を、晩夏が秋を、秋が冬を、冬がまた春を育てる。前の季節の過ごし方が、次の季節の身体をつくる。身体も食も香りも動きも、暮らしの型も、この輪の上に乗っています。
美しい話です。でも裏を返せば、こうなります。春の話を、夏に手渡しても届かない。秋に整えたい場所を、冬のやり方で触っても合わない。いつ、何に切り替えるか。それを外すと、正しい知識がそのまま空振りします。
そして、いつ切り替えるかは、バラバラに集めた知識のままでは、なかなか見えてきません。立秋なのに三十五度。暦は壊れているのか。身体はまだ夏なのか。手渡す側に立ったとき、いちばん困るのは、ここです。
その地図が
教本の最後に、通年実践カレンダーがあります。五つの季節ごとに、二十四節気のめやす、いたわる臓腑、食(色・味・油)、香りの置きどころ、動き、暮らしの型、そして「季節のサイン」。八つの章のすべてが、一年の円環の上に一枚で並びます。
暦は守るための規則ではなく、思い出すための札です。節気の三日前から店先を見る。梨が出た、栗が出た。自然のほうが先に動いているから、店が教えてくれる。切り替えの合図は、そこにあります。
迷ったら、いまの季節の行だけ。それで十分です。あなたが手渡すときも、同じ一行から始められます。
一年を通すと
秋の朝。喉の乾きにふと気づいて、今日は白いものを足そうと思う。なぜ白なのかも、いまの身体が秋のどのあたりかも、もう調べなくても分かります。迷う時間が、そのまま無くなります。
肩が重い日。揉む前に、背中から動かしてみる。眠れない夜。香りをひと呼吸ぶんだけ置いて、ゆっくり十回。献立も、身体の使い方も、季節の側から決まっていきます。
一年をひと巡りするころには、四つの入口が輪としてつながっているのが、頭ではなく身体で分かるようになります。
そして、聞かれても詰まらなくなります。
自分の中でつながった話は、人にも渡せます。「根菜は温まるんでしょ?」と聞かれて、「温かい汁で、煮てあって、味噌の発酵に、生姜。いくつも重なってる」と答えられる。最後に「これは伝承の話だけどね」と添えられる。
出どころを添えて話す人は、信頼されます。言い切らないから、かえって信じてもらえる。そして人に渡した分だけ、自分の養生も続きます。まず自分が分かること。それが先で、手渡せるのはその結果です。
正直にお伝えすると
この教本を読んだ方の声は、まだ載せていません。教本として世に出すのが、これからだからです。代わりに、20年ほど前に香りとの出会いから「養生の部屋」を始めて以来、ずっと見てきたことをひとつ。続かない養生には、共通点があります。いつも断片で入ってきて、どれがいまの自分の話なのか分からないまま、やり方だけが増えていく。逆に、季節の輪の上に自分の居場所が分かった方は、続きます。この教本を一冊にまとめたのは、そのためです。
誌面を少しだけ
各章は、まんがから始まります。読むための本ではなく、手元に置いて開く本として作りました。
全90頁。挿絵とまんがは、この教本のために描きおろしました。
教本の中身
第一部 基礎編:身体と季節のものさし
第二部 文化編:暮らしの型を読み直す
この教本は、PNFC養生アドバイザー認定講習会で使う教本そのものです。認定は講習会で行います(教本のご購入だけでは認定になりません)。
監修・著
髙田 一壽
たかだ かずひさ
施術歴30年以上、月に200名以上の身体と向き合ってきました。「未病・未健」「養生を大切に」「五臓六腑のバランス」を軸に、鍛えるのではなく本来の機能を取り戻すコンディショニングを続けています。多くの方に学んでいただき、そして次の方へ伝えていってほしい。その願いから、この教本をつくりました。
相性について
向いている方
別の道が合う方
気になること
Q. 買うと、養生アドバイザーの認定がもらえますか?
教本のご購入は、認定とは別のものです。認定は講習会で行い、各章末の「ひとこと」を教本を見ずに自分の言葉で説明できることが目安になります。教本は、その講習会で使うものそのものですから、先に読んでおくと講習会がよく分かります。
Q. 東洋医学や思想の知識がなくても読めますか?
読めます。各章はまんがから入り、専門用語には「人に手渡すときのひとこと」で言い換えが付いています。仏教と儒教も、信じるものとしてではなく、行動の型として読みます。
Q. これで人の不調を見てあげられますか?
教本にある見立ては、話を始めるための入口であって、診断ではありません。判断が必要な場面では医療の専門家へつなぐ。その線引きも、教本の中でくり返しお伝えしています。
Q. どの季節から読めばいいですか?
通年実践カレンダーの、いまの季節の行からで十分です。一年かけて一周すると、四つの入口が輪になっていることが身体で分かります。
二十四節気は、待っていても止まりません。いまの季節の行を試せるのは、いまの季節だけです。次の巡りまで待つと、一年あきます。
PNFC養生アドバイザー教本
基礎編4章 + 文化編4章 + 通年実践カレンダー
+ 各章の「人に手渡すときのひとこと」 + 確からしさの印 + 出典一覧
Web版・期限なし
11,000 円(税込)
一度きりのお支払いです。月額や更新料はありません。
Web版(印刷用PDF 全90頁つき)/お支払い後すぐ/期限なく、何度でも開けます
一冊を五つの季節で使うと、一季節あたり二千円ほど。一年で終わらず、来年も再来年も同じ季節の行を開きます。認定講習会で使う教本そのものですから、あとで認定を目指すときも、そのまま続きになります。
読んでみて合わなければ、無理に続ける必要はありません。期限はありませんから、いまの季節から始めて、次の季節にまた開いてください。
≫ 養生を、手渡す側へお支払い後、すぐにお読みいただけますいまの季節の一行は、いまの季節のうちにしか試せません。
このまま何もしなくても、季節はめぐります。来年の秋にもまた「白いものがいい」と聞いて、なるほどと思い、その先で同じように曖昧になる。断片は、集めるほど増えていきます。
変えられるのは、その断片を一冊の上に並べるかどうかだけです。自分で決められるほうを、選べます。
追伸。この教本を貫いているのは「よく生きる」の四つの柱です。日々を丁寧に味わう。自分らしく。他者と調和する。心と体を大切に。多くの方に学んでいただき、そして次の方へ伝えていってほしい。教本を一冊の本にしたのは、その願いからです。あなたの食卓から、始めてください。
本教本の内容は、東洋医学・養生の考え方にもとづく健康維持のための情報であり、病気の診断・治療を目的とするものではありません。文中の肝・心・脾・肺・腎などは東洋的な身体観にもとづく分類であり、臓器の機能を保証するものではありません。香りは脳のリラクゼーションと内臓の柔軟性のために用い、治療目的では使いません。持病のある方、通院中の方、妊娠中の方は、医師にご相談のうえ無理なくお読みください。